1979年5月、京都・長岡京市ののどかな山あい。 仕事帰りにワラビ採りへ向かった主婦ふたりが、異常な状態で遺体となって発見された。
犯人は捕まらず、残されたのは、ひとりの女性がポケットに隠していたレシートの裏に書かれた、助けを求める言葉だけ。
「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」
この言葉が、すべての始まりだった。 この事件は「長岡京ワラビ採り殺人事件」として、今も語り継がれている。
山へ入ったふたりの主婦
1979年5月23日午前、スーパー「イズミヤ」でパートを終えた水野さん（32歳）と明石さん（43歳）は、自転車で長岡京市の裏山にある竹林へと向かった。
春の山菜シーズン。目的はワラビ採り。 いつも通り、日常の延長のような外出だった。
しかし、夕方になっても2人は帰らなかった── 平和な土地で起きた長岡京ワラビ採り殺人事件の幕開けである。
見つかった遺体と「助けて」のメモ
2日後の5月25日朝、山中で2人の遺体が見つかる。 遺体の状態は、あまりに凄まじく、言葉を失うものだった。
水野さん：左胸を包丁で刺され失血死。全身に50カ所もの打撲痕、下着は裂け、体液が検出された。 明石さん：首を絞められ窒息死。肋骨9本が折れ、肝臓が破裂。全身に激しい暴行の跡が残っていた。
財布、空の弁当箱、採ったワラビは手つかずのままリュックに残っていた。 金銭目的ではない。じゃあ、なぜ？
そんな中、明石さんのジーンズのポケットから1枚のレシートが発見される。 そこには鉛筆で、こう書かれていた。
「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」
事件の2日前の日付。筆記具は現場に見当たらなかったが、後に鉛筆の芯の一部が遺体から約17メートル離れた土の中から発見されている。
一体、どんな状況でこれを書いたのか── 想像するだけで、背筋が凍る。
奇妙な痕跡と“異常な現場”
遺体発見現場には、複数の足跡が残されていた。 登山靴やスニーカーとは違う、模様のない革靴のような足跡も。
凶器の包丁は、現場に残されていた。 岐阜県関市で製造されたものだが、7万本のうちの1本で特定はできず、指紋も検出されなかった。
また、被害者の遺体に残る打撃の痕跡から、空手や武道の経験者、もしくは複数犯の可能性が指摘された。 一人でここまでやるには、あまりに“手慣れすぎている”。
助かったもうひとりの主婦
事件当日、実はもう一人、別の主婦もワラビ採りに同行していた。 しかし途中で「用事があるから」と下山し、命を取り留めることとなる。
なにかを感じていたのか、それともただの偶然だったのか── この“生還者”の存在は、事件の余韻をさらに不気味なものにしている。
不審者とタケノコ泥棒
この山、じつは前年にも奇妙な男が目撃されている。
ねずみ色の作業着に、30cmほどの包丁を持った中年男が、ワラビ採りの主婦にこう話しかけた。
「奥さん、ワラビ採れますか？」
あまりに普通の言葉。でも、その場には異様な空気が流れていたという。
そしてもうひとつ── 事件の数年前から、山ではタケノコ泥棒が頻発していた。 ところがこの事件を境に、ぴたりと止んだ。
偶然なのか、それとも…何かが終わったからなのか。
目撃証言と消えた男たち
事件当日、山には15〜16人の入山者がいたと言われている。 周辺には5〜6台の車、そして造成工事で働く作業員40人以上もいた。
なのに、誰も犯行を目撃していない。
一部の目撃証言では、主婦たちが山に入った10分後に、白いシャツにジーンズ姿の若い男2人組が同じルートに入っていったという情報もある。
しかし、その後彼らの身元は不明のまま。 犯人の血液型はO型と判明している。 だが、これ以上の手がかりはなかった。
未解決のまま、静かに時効成立
15年の捜査の末、1994年5月24日。
長岡京ワラビ採り殺人事件は公訴時効を迎え、未解決のまま幕を閉じた。
竹林にかき消された声と、震える手で書かれたSOSだけが、いまも静かに残されている。
誰にも見られず、誰にも止められなかった犯行
昼間の山で、主婦ふたりが襲われた。
近くには人がいた。作業員もいた。車も止まっていた。
なのに、誰も気づかず、誰も助けられなかった。
犯人は、ふたりが無防備で、声も届かない場所にいることを知っていたのだろうか。
長岡京ワラビ採り殺人事件は、昭和の未解決事件の中でも異常性と謎の深さが際立っている。
そして今も、その真相は闇の中に沈んだままだ。
ポケットに残されたレシート。
震える手で書かれた「助けて」の言葉は、いまだに、誰かを追い続けているのかもしれない。
「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」
この言葉は、ただの被害者の記録じゃない。 “今も逃げている誰か”が、存在しているという証でもある。
参考文献・出典
長岡京殺人事件（京都長岡ワラビ採り殺人事件）- 実在事件ファイル
長岡京ワラビ採り殺人事件の犯人と真相！場所や現場・被害者の写真も紹介 – MATOMEDIA
