これは、俺がまだ中学生だった頃の話です。
俺の地元は、山に囲まれた小さな村で、人口は100人いるかいないかくらいの過疎地だった。娯楽なんて何もないから、遊ぶ場所といえば山や川くらい。毎日決まったメンバーで遊び回っていた。
その村には昔から「近づいてはいけない」と言われている場所があった。山奥にある古い祠。
じいちゃんやばあちゃんは「絶対に触るな」「あそこは昔からそう決まっている」と口を揃えて言う。でも、具体的に何があるのかを聞いても、みんな言葉を濁すばかりだった。
俺たちの中で、その祠は「村の禁忌」とされていた。でも、そんなことを言われると余計に気になるのがガキってもんだ。
夏休みのある日、俺と幼馴染のKとSの3人で、肝試しがてらその祠を見に行くことになった。
夜中の2時過ぎ、懐中電灯を片手に山道を登る。
真夏なのに、山の中は異様にひんやりしていて、空気が重い。俺たちは無言のまま歩き続けた。しばらく進むと、木々の間にぽつんと古い祠が見えてきた。
想像していたよりも小さな木造の祠で、今にも崩れそうな状態だった。苔が生い茂り、扉は半開きになっている。
「…しょぼいな。」
Kが肩透かしを食らったように言う。
Sも「こんなのにビビってたのかよ」と鼻で笑った。
俺はというと、なんとも言えない不気味な違和感を覚えていた。まるで誰かに見られているような感覚——。
「とりあえず、中見てみるか?」
Kがそう言って、祠の扉を開けようとした瞬間だった。
「やめとけ。」
どこからともなく、低い声が聞こえた。
俺たちは顔を見合わせたが、周囲には誰もいない。
「…聞こえたよな?」
Sが小声で言う。
Kは少しビビった様子だったが、「どうせ風の音だろ」と強引に扉を開けた。
中には、小さな木彫りの像が祀られていた。
それは、人の形をしているはずなのに、顔だけが削り取られていて表情がなかった。
「…気持ち悪いな。」
Kがそう言って、その像を持ち上げた。
その瞬間、強烈な風が祠の中から吹き出した。
「うわっ!」
俺たちは思わず後ずさる。
「やべえ、戻そう!」
Sが慌てて言うが、Kの手が動かない。
「…え?」
Kは焦った様子で俺たちを見る。
「マジで離れねえんだけど!!」
冗談ではない。Kの手はまるで何かに吸い付いたように、木彫りの像から離れなかった。
「なんだよこれ、助けてくれ!!」
俺とSがKの腕を引っ張るが、ビクともしない。
その時、山の奥から**ザザザ…ザザ……**と何かが這いずる音が聞こえた。
懐中電灯を向ける。
木々の間に、誰かが立っていた。
…いや、あれは「誰か」なのか?
顔がぐちゃぐちゃに歪んでいて、目の位置も口の位置もバラバラだった。
「っ…逃げるぞ!!」
俺たちはKの腕を力いっぱい引っ張る。
バッ!
Kの手が突然像から離れた。
俺たちは一目散に山を駆け下りた。
村の入り口まで走り抜け、ようやく俺たちは息をついた。
Sが顔面蒼白で、何かをぶつぶつ呟いていた。
「…おい、S、大丈夫か?」
Sは俺たちを見て、絞り出すように言った。
「…本当に、俺たち3人だったよな?」
「は?」
「…もう一人、いた気がする。」
翌日、Kは行方不明になった。
1週間後、村外れの川でKの水死体が発見された。
検死の結果、Kの口の中にはびっしりと木彫りの破片が詰まっていた。
Sと俺は、それ以来その祠のことを話題にするのをやめた。
でも時々、夜中に視線を感じる。
…家の外に、誰かが立っている気がする。
顔のない誰かが。